004 服から学ぶマーケティング

「服とは何か?」

 この質問を投げかけられた貴方ならどう答えますか。

 クリエイターならまずファッションと言う言葉が浮かんでくるだろう。他人と違う自分をどう見せるか。服選びや着こなしのセンスを具現化したツールととらえるかも知れない。

 科学者なら服の機能に着目するだろう。体毛を持たない人間の機能を補完するもの。体を活動に最適な状態に保つ保温性、汗を吸い取る吸水性。外敵や衝撃から体を守る道具ととらえるかも知れない。

 歴史家なら人類誕生から現代までの文化を辿って、服の進化の歴史を語るだろう。民俗学者なら共同体のアイデンティティーやステイタスを一目で伝える手段として民族衣装、軍服、制服などを持ち出して論じるかも知れない。

 一概に服と言っても、素材や加工技術、大きさや形、色や柄、ポケットや止め方など組み合わせは無限にある。何故なら服を着ると言う行為が様々な目的や用途によって違ってくるからだ。

 この地球上で、自分の意志で服を着る生物は人類しかいない。人類が体毛を失うべく進化したのは、筋肉によって生み出された熱を効率よく放熱して、より長く動き回れるためだと言う話を聞いたことがある。汗をかく能力も同じ時代に獲得したと言う。

 この時代の服は着脱可能な保温着であり、外敵から身を守る防具だったのかも知れない。何れにしても服を着ることで人類の活動領域は広がり、繁栄をもたらす礎となったのは間違いない。服は生存を保証する発明だったと言える。

 時代が進み、人口が増えて社会性が高まってくると隣りの部族との違いや部族内での役割や地位を一目で伝える手段の一つになった。分業が進むと仕事に合わせた機能や形が生まれた。朝起きた時から寝るまで何度も着替えたり、下着から外とう迄、複数の服を重ねて着ることもできるようになった。目的や用途によって衣類が分化していく。

 近代では男女の違いを示し、自分のアイデンティティーを伝えるための手段として、より文化的要素が重要な役割を果たすようになった。女性はより美しく、男性はより魅力的に見えるように自分を着飾り、流行が生み出された。

 環境から身を守る機能や作業性などから言えば、まだ十分に着られる服もデザインが古くなったと言う理由で廃棄される大量生産、大量消費の時代だ。誰もが流行を追うことで自分の印象が少しでも良くなるように新しい服を買い求めた。

 生まれたときから大量の服に囲まれて育った現代では、ユーザーの目も肥え、ファッションセンスも以前とは比べ物にならない。一つのブランドで全てをまかなうのはむしろカッコ悪く、ファストファッションや高価なブランド品をTPOで使い分けたり、時にはミックスしながら自己表現する時代だ。

 古着やビンテージものを好んで着たり、断捨離やミニマリストなどシンプルで最小限度の衣類にすることで、所有することの煩わしさから解放される生活を選ぶものも現れた。衣服のメンテナンスや服選びをしてくれるレンタルビジネスも広がっている。年齢によるライフステージと言う概念は薄れ、ユニセックスなどデザイン的な男女の違いが不明確な衣類もある。選択肢が多種多様になった現在、一つの服でブームを作り出すコトはより一層、難しい時代になったと言える。

 スマートフォンの普及で雑誌業界の影響力は弱まっていくだろう。ユーザーが情報を自ら選択する時代に置いて、年齢や性別で分類せざるを得ない旧来型のメディアをTIに置き換えただけのビジネスモデルは遠からず衰退するのではないか。企業によって作り出された流行を追うこと自体が恥ずかしいコトと感じるユーザーが増えてはいないか。

 生産者にとってもユーザーにとっても時代の変革に翻弄される今、ビジネスチャンスとなるキーワードは何だろうか。一つの答えがモノからコトへの変換と言われている。モノ余りの時代、提供する価値、コトをどう伝えるかがカギと叫ばれている。

 では、既に自分のアイデンティティーを表すと言うコトで進化してきたファッション業界にとって、これから新たに訴求すべきコトとは何だろうか。その一つの答えが本質にこだわることなのではないだろうか。

 衣類にとっての本質の一つは機能であり、肌触りだったり、着心地だったり、耐久性だったりする。それがユーザーに伝わり、カッコイイとかオシャレとか共感を得て拡散される。不特定多数のユーザーに広く浅くブームを作るのではなく、特定の志向を持ったユーザーの心に深く突き刺さるコト、つまり機能を持ったモノが生き残る時代だ。

 機能を際立たせる手法の一つが削ぐデザイン。あれもできる、これもできるはむしろプレッシャーでしかない。これだけは一番、ここが最高と言う個性が大切だと感じる。多様性が求められる時代、ポイントが多ければ多いほど焦点がボケて伝わらない。時代のニーズにピンポイントで突き刺さるコトを見つけることが大切だろう。

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